近年、職場で「体調が悪いのに検査では異常が見つからない」と訴えるケースが増えています。その背景にある可能性の一つが「身体表現性障害(身体症状症)」です。心のストレスや心理的負担が、身体の痛みや不調として現れるこの状態は、本人の努力や意思ではコントロールが難しく、周囲から誤解されやすい特徴を持っています。ここでは、産業医の立場から、この障害の理解と対応のポイントを解説します。
身体表現性障害(身体症状症)の定義と特徴
身体表現性障害とは、医学的検査で明確な異常が見つからないにもかかわらず、持続的な身体症状が現れる状態を指します。痛み、倦怠感、吐き気、頭痛など、症状は多岐にわたります。DSM-5(精神疾患の診断基準)では「身体症状症」として分類され、単なる「気のせい」や「仮病」とは異なり、心理的要因が身体に強く影響している状態です。本人にとっては症状が現実的かつ深刻であり、日常生活や職務遂行に大きな支障をきたします。
職場での身体表現性障害の現れ方
職場では、慢性的な体調不良、欠勤の増加、業務中の集中力低下などの形で現れることがあります。特に責任感が強く、真面目で完璧主義な傾向を持つ社員に多いとされます。産業医の面談では、単なる身体的疲労として扱うのではなく、心理的背景や職場の人間関係、過重な業務負荷を丁寧に聴取することが重要です。また、身体症状が続くことで「自分は怠けているのでは」と自責感を抱き、さらに症状が悪化するという悪循環に陥るケースも少なくありません。
診断と治療の基本的な考え方
診断には、内科などで身体的疾患が除外された上で、精神科や心療内科での評価が必要です。治療は、薬物療法よりも心理的アプローチが中心となり、認知行動療法(CBT)などが有効とされています。産業医としては、治療中の従業員が安心して働けるよう、勤務形態の調整や休職・復職支援を行うことが求められます。また、医療機関との情報共有を通じて、職場環境と治療方針を整合させることも大切です。
産業医が果たすべき役割
産業医は、従業員の身体的・精神的健康の両面を把握し、バランスを取る立場にあります。身体表現性障害の場合、症状の背景にあるストレス要因を理解し、企業側に職場環境改善の提言を行うことが重要です。例えば、過重労働の是正、職場コミュニケーションの見直し、業務分担の再考などが挙げられます。また、本人への対応では、「症状を否定しない」姿勢が基本です。理解と共感を示しつつ、医療機関の受診や心理的支援へのつなぎを行うことで、職場復帰を支援します。
職場での支援と再発予防
職場に戻る際は、段階的な復職計画を立てることが推奨されます。産業医は、主治医の意見を踏まえながら、業務負荷や勤務時間の調整を提案します。上司や同僚には、症状を無理に「克服させよう」とするのではなく、回復を支える姿勢が求められます。再発防止には、ストレスマネジメント研修や定期的な健康面談など、組織的なフォローアップ体制の整備が有効です。
まとめ:心身の両面から従業員を支える視点を
身体表現性障害は、心の不調が身体に現れるという点で、職場では見落とされやすい問題です。本人にとっては、症状が現実であり深刻な苦痛を伴います。産業医は、医学的な判断だけでなく、心理的・社会的背景を含めて総合的に支援することが求められます。早期の気づきと適切な対応によって、従業員の健康維持と職場全体の生産性向上を両立させることが可能になります。