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「異動が必要である」という医師意見書って 復職希望に精神科主治医は その5

これまで、
精神科主治医が患者さんの職場復帰に際してできることは、
「後の先」を取るべく会社の出方に合わせて意見を出していくことと、
患者さんの応援をすること。
「先の先」を取って患者さんに保護的な環境を作ろうと立ち回るのは悪手。
「『まだ復職できない』ってことだな」などと判断されてしまいかねない、
と書きました。

その「先の先」の悪手の中、
会社側から見たときに、困ってしまう主治医意見書の代表に、
「(復帰に際しては)職場の異動が必要である」という主治医意見があります。

そもそも医師がとやかく言うことではない


なんでいかんのか
まず、職場の異動については、会社の持つ人事権の最たるものであり、
それを外部の人間である主治医がとやかく言う、というのが、
そもそもナンセンスです。
内政不干渉、というやつですね。

もし会社が必要だと考えていない異動を、
どうしてもしなくては復帰できないような状態なのだとしたら、
それは「まだ復職できません」ということ。
会社での勤務状態に体調を合わせられないということ。

そして、医師が意見できるのは、
本人にどのような配慮が必要か、です。
どのような仕事をさせるか、つまり仕事内容は会社マターであり、
働く場にいない医師に判断できるものではありません。

そもそも言うまでもないことだから


不調の再発防止のための配慮=業務内容の調整、であり、
それが「異動」ということであるとき。
そんな場合もありましょう。

新しい業務内容への不適応などからの不調であったとして、
戻った時の体調に配慮するために、
業務内容を変化させることが必要であったなら、

はたまた、休職直前の業務を行うことが、
患者さんの能力的に不適応なのだとしたら、
その時はどうするの?

心配無用。
事前に会社に準備のための時間が用意されていれば、
そんな場合は会社の側から、
復職直後の業務の配慮、業務内容の調整などが提案されるはず。

もし、業務内容に配慮がされていないようだったら?


そんな時は、
<復職後の業務内容はどうなるのでしょう?>
と聞くのです。
意見書に書くのです。
当然、配慮はされているのですよね?
書き忘れただけですよね?
と行間に念を込めて。

でも、患者さんが「異動が必要と書いてほしい」というんです

ですよね。
結局そこなんですよね。

まずはそこに至るまでのところで患者さんには、
「慣れている元の仕事に戻れない状況は、復職できるとは判断されない」
という元職復帰の原則とその意味を説明し、
休職前に行っていた業務に戻ることを前提に復職できるかどうかの判断を行うことは説明します。

それでも患者さんがそういうとしたら。
それは<医療で自分の希望を叶えよう>という、
患者さんの医療に対する期待のかけ違いです。

主治医が意見できるのは業務の配慮についてだけであり、
それ以外の異動が行われるかどうかは会社が判断すること。
それを説明しましょう。

精神科医療の乱用を支持することだから


なんでいかんのか。
それは、
復職というタイミングに乗じて希望の職場に行きたい、
と自分の希望をかなえようとするのは、
精神医療の不適切な使用であり、
それを支持することは疾病利得を促すことに他ならないから。

自分の不調を人質に異動を要求するのは、
いわば自分の体調を人質に職場の管理体制を操作しようとすること。
職場のモラルを破壊することです。

その希望が叶えば、患者さんの倫理性に間違った成功体験を与え、
患者さんを精神医療ユーザーに仕立て上げることになります。

誰しも弱った状態になれば、人はわがままになるもの。
ボーダーライン状態に近づくもの。
そのような自己中心的な操作的言動をしたくなる、
これも患者さんの回復過程ではあることです。

病気だから許される、というジョーカー、呪いの錦の御旗
錦の御旗を持ってしまうと
人はどうしても弱いものだから
努力を怠ってしまうようになる
成長しなくなってしまう
それは患者さんの不利益だと思うのです。

患者さんの希望に対しては


患者さんの発言は、そんな回復過程の心の揺らぎと受け止める。
<そうなったらいいですね>でとどめて、
絶対に積極的な支持、賛成は与えない。

精神科主治医として、患者さんが健やかに回復してもらうためには、
患者さんが復職した先で”厄介者”やハレモノ”にならないようにすること。
そのことが一番大切。
患者さんの味方でありながら第三者からの視点を持つことを忘れてはならない。

そのために必要なことは、患者さんの行動の倫理性を守ること。
あえて患者さんの希望通りにはできない場面です。

精神科主治医のあなたへ


そんなことしたら患者さんが離れていってしまうのではないかって?
良いではないですか。
患者さんが医者を必要としなくなり、離れていけるのなら、それこそが医者の本望ではないですか。
自分(精神科主治医)がいないと患者さんはダメなんだ?
思い込みです
そんな状態はそれこそ共依存です。
ある程度回復したなら、
すこし不利でも離れていく権利が患者さんにはあります。


そんなことしたら経営が成り立たない?
そんなことないでしょ。あなただって気付いているはず。

復職後に異動が行われるとしたら

復職後の異動。
それを正面から要求して手に入れようとするのは下策。
あくまでも職場からの配慮の一環としてそれを叶えてもらえるように
上手に立ち回る。

復職後少したってからの、次の人事異動がおこわなれるタイミングなど、
患者さんのためだけではないタイミングまで待って。
そこで希望が叶うように。
そのためにどのように復職し、復職後にも再発しないことを周囲に伝えられるか。
それが主治医が患者さんと作戦立てて実行していくことです。

結局操作じゃない?


結局、周りを操作する方法を習得することに変わりないじゃないか?
そうかもしれません。

でも、いいんです
自分の要求を叶えるために
精神医療をだしにしたり、精神障害をだしにしたりするのは
それは誤った成功体験だけれど、
自分の希望を叶えるために少し我慢をしたり、裏で操作できるようになる。
これはまあ人間誰しもやること。

そういった人間関係のタフネス、
少し悪く言えば小ずるさを練習してもらうことは
患者さんが回復して成長していくこと。

まとめ


患者さんの異動を叶えたいという希望を受け止めた上で
復職後すぐには、それは医学的な意味でもお勧めできないこと、
そしてその希望を叶えるためには、復職した後の環境でどう立ち回ったらいいのか、 
それを患者さんと一緒に考えること、時に入れ知恵すること

それが主治医の果たすべき役割であり
患者さんの回復と、そしてその先の成長を助ける
という人生に寄り添うことなんだと思うのです

そんなの新しい薬が売れるわけでもないし、
何とか指導料が取れるわけでもないんだけれども。

おそらく精神科なんてそんな面倒くさい領域を選ぶような医者は、
そんな患者さんの人生に関わって良くなってもらう、
ということに喜びを感じるような変わった人間なんだと思うんです。