発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder:DCD)は、子どもの発達障害の一つとして知られていますが、成人期にもその影響が残ることがあります。身体の不器用さや運動のぎこちなさだけでなく、仕事の遂行や社会生活に支障をきたすことも少なくありません。ここでは、産業医の立場から、DCDの特徴や職場での配慮のあり方について解説します。
発達性協調運動障害(DCD)の定義と特徴
DCDは、知的な発達には問題がないにもかかわらず、運動の習得や実行が難しい状態を指します。ボタンを留める、文字を書く、道具を扱うといった日常的な動作に時間がかかる、または失敗しやすい傾向があります。医学的には、脳の運動計画や感覚統合に関わる神経回路の働きに偏りがあると考えられています。発達障害の一つとして、ADHDや自閉スペクトラム症(ASD)と併存するケースも多く、複合的な支援が求められます。
子どもだけではない―成人期にも残るDCDの影響
子どもの頃に診断されないまま成長し、大人になってから「仕事でミスが多い」「人より手作業が遅い」などの困りごとを自覚して初めて気づくケースもあります。成人期のDCDでは、単なる「不器用」と見過ごされることが多く、本人も原因がわからないまま自己評価を下げてしまうことがあります。産業医としては、そうした背景を理解し、業務遂行能力の問題を個人の努力不足ではなく、発達的な特性として適切に捉える視点が重要です。
職場で見られるDCDのサイン
職場では、DCDのある人が以下のような困難を抱えることがあります。
・細かい作業や手先の操作に時間がかかる
・新しい機器や手順の習得に苦労する
・資料の整理や空間的な把握が苦手
・身体的疲労を感じやすい、姿勢が崩れやすい
これらは本人の意欲や知的能力とは関係なく現れる特徴です。産業医は、こうした兆候を見逃さず、必要に応じて専門機関への相談や環境調整を勧める役割を担います。
職場での支援と環境調整のポイント
DCDのある社員に対しては、「できるようにさせる」よりも「できる環境を整える」ことが大切です。具体的には、手作業を伴う業務の分担見直し、作業時間の確保、動作を伴う手順書の明確化などが有効です。また、デジタルツールの活用や作業スペースの整理も支援になります。産業医は、本人と上司、労務管理担当者の間を調整し、心理的安全性を保ちながら現実的な支援策を構築します。
ストレスやメンタルヘルスへの影響
DCDのある人は、繰り返しの失敗経験や他者との比較によって強いストレスを感じやすく、二次的にうつ病や不安障害を併発することがあります。産業医は、身体的な不器用さだけでなく、その背景にある心理的負担にも着目する必要があります。定期面談や健康相談を通じて、ストレス反応の早期発見と必要な医療連携を行うことが、長期的な就業支援に繋がります。
産業医による支援のあり方
産業医の役割は、DCDを「病気」として扱うのではなく、「個人の特性」として理解し、働き方の調整を提案することにあります。人事制度や評価基準の中で、運動的な不器用さが不当な不利益を生まないように配慮し、本人の強みを活かせる業務配置を検討することが求められます。産業医は、本人の自己理解を促すと同時に、職場全体に対しても発達特性に関する正しい認識を広める役割を果たします。
まとめ:理解と支援が生産性を高める鍵
発達性協調運動障害(DCD)は、目に見えにくい特性であるがゆえに、職場では誤解されやすい側面があります。しかし、適切な理解と支援によって、本人の能力を最大限に発揮できる環境づくりは可能です。産業医は、医学的知見と職場実務の両面から調整を行い、誰もが安心して働ける環境の実現に寄与する存在です。もし自分や同僚の働きづらさに心当たりがある場合は、早めに専門家や産業医へ相談することが望ましいでしょう。
