「気分の浮き沈みなんて誰にでもある」
そう思って見過ごされてしまいがちなのが、躁うつ病(双極性障害)です。
でも、実際には――
本人も、周囲も、そして会社も巻き込んで、
日常生活や仕事に支障をきたすレベルの「波」になることがあります。
精神科産業医として現場に関わってきた経験から言えば、
この疾患の理解はメンタルヘルス対策の“土台”とも言えるでしょう。
今回は躁うつ病について解説+語ってみます。
単なる気分の変動ではない
躁うつ病は、以下の「気分の極端な変化」を特徴とする精神疾患です。
- 躁状態:ハイテンション、アイデアが止まらない、過剰な自信、睡眠が減る、そして時に突拍子もない行動
- うつ状態:気分の落ち込み、やる気が出ない、集中できない、遅刻や欠勤が増える
ポイントは、「生活や仕事に支障が出るほどの変動」であること。
ただの元気・不調の範囲を超えて、明確に「病的なレベル」にあるということですね。
診断には精神科医による問診や経過観察が必須です。
産業医としては、職場環境がどのように病状に影響しているかを見極め、適切な対応につなげる役割を担います。
なぜ発症するのか?:ストレスだけでは説明できない背景
原因は単純ではありません。
教科書的には、以下のような“多因子モデル”が考えられています。
- 遺伝的要素:家族歴がある場合、リスクは高まる
- 生活リズムの乱れ:特に睡眠の乱れが大きなトリガー
- ストレス:長時間労働、プレッシャー、人間関係の緊張など
精神科医としての実感では、「まじめすぎる人」「責任感が強い人」ほど、この疾患に気づきにくく、悪化しやすい傾向があります。
自己管理で何とかしようとしてしまうんですよね。
夜勤や交代制勤務などでリズムが崩れる職場では、発症のリスクも高くなります。
職場で見逃されがちなサイン
職場での変化を見抜くには、以下のような“いつもと違う”行動をキャッチする視点が重要です。
- 躁状態
- 突然アイデアを連発する
- 会話が止まらない
- 勝手に仕事を進めてしまう
- お金や時間を大胆に使うようになる
- うつ状態
- 遅刻・欠勤が目立つ
- 集中力が落ちてミスが増える
- 表情や反応が乏しくなる
これらは「個人の問題」として済ませず、背景に病気の可能性を考える視点が必要です。
産業医としては、人事・上司・本人・そしてご家族との連携を通じて、早期に医療につなげる体制がカギになります。
治療と復職支援:一人では抱えきれないからこそ職場の理解を
治療の基本は、以下の2つを組み合わせた“包括的なアプローチ”です。
- 薬物療法:気分安定薬、抗精神病薬など
- 心理社会的支援:生活リズムの安定、ストレスマネジメント、カウンセリングなど
復職に向けては、以下の点が重要です。
- 症状が安定していること(少なくとも数週間以上)
- 生活リズムが整っていること
- 再発防止策が共有されていること(本人・上司・医療者間)
また、職場側には以下のような調整が求められます。
- 業務内容や負荷の段階的な調整
- 定期的な面談・振り返りの時間の確保
- 上司やチームへのメンタルヘルス教育
産業医はこのプロセスの“通訳”として、本人と職場の間を橋渡しする役目を担います。
まとめ:躁うつ病は、職場全体で支える疾患
躁うつ病は、「本人の努力で何とかなる」類の話ではありません。
むしろ、無理にがんばることで悪化することすらあります。
しかし、適切な治療とサポート体制があれば、安定した就労は十分に可能です。
大切なのは、
- 「いつもと違う」変化に気づくこと
- 早めに相談・受診の機会を作ること
- 産業医や専門医と連携して、柔軟な職場づくりを進めること
心の波を一人で抱え込ませない。
それが、働く人の健康と職場の健全性を守る第一歩になるでしょうね。
あんどもあー
躁うつ病
歴史的にも証明された古典的精神病の一つ
気分変動を繰り返す一群の人がいるのは間違いない。
躁うつ病=双極性障害
なのだけれど、
精神科医の私ですら、なんで「双極性障害」と言い換えるようになったのかはよくわからない。
誰か納得いくように教えてくれないか。
別に「躁うつ病」がstigmaになるとも思わないのだけれど。
長く理化学研究所で双極性障害の遺伝的研究をされていた加藤忠史先生は、
双極性障害は遺伝子的に解明されるに違いない!と熱心に取り組まれていたが、
理化学研究所をさって順天堂大学の教授に収まったのは、
どうやら自分の代では解明はならないらしい、とあきらめた?
というか、後進にその役割を譲った、ということなのだろう。
治療薬は気分安定薬
躁うつ病の治療薬は「気分安定薬」Mood Stabilizerであるが、
この気分安定薬と言われているものは、
「躁うつ病の病状安定に効果がありそう」だからとそう言っているだけで、
薬理学的分類ではない。
だから、薬理学的には抗てんかん薬であったり、抗精神病薬であったりする。
でも気分安定薬ってまとめてしまっていいものなのか?とも思うけれど、
降圧薬だって薬理的にはいろいろなのだろうからいいのか。
でも「気分の安定」って客観的な測定が困難だから、今一つ腑に落ちない。
気分安定薬で、長らく一定した効果が証明されているのはリチウムだけだった。
近年の薬で行けばラモトリギンも確からしいけれど、
どちらも副作用が出てしまったときの重篤さには気を遣わされる。
医者は「精神科は自殺以外には命にかかわる緊急事態はない」と考えがちだけれど、油断大敵。
リチウムとロキソニンとかのNSAIDsを併用しないとか、
ラモトリギンを大胆に処方することはしない、とか、
忘れちゃならないこともある。
