おおた産業メンタルラボ

コラム・お知らせ

相談されてみた。

※プライバシー保護のため、内容は改変しています。

経営者の相談は、いつも経営課題の顔をしてやってきます。

売上をどう伸ばすか。
スタッフをどう育てるか。
SNSをどう活用するか。
店舗をどう回すか。

私のところにも、経営者からさまざまな相談が寄せられます。

そして実際には、経営や人事の問題に見えても、その奥に経営者自身の痛みが隠れていることがあります。


先日も、ある女性経営者からこんな相談を受けました。

相談者は38歳。
地方都市でネイルサロンを2店舗経営しています。

高卒でアパレル販売員として働き、その後、ネイルスクールに通いながら夜も働いた。20代後半で自宅の一室からサロンを始め、友人の紹介と口コミだけで少しずつお客様を増やしてきたそうです。

最初は予約が入るだけで嬉しかった。
クレームがあれば一人で頭を下げた。
閉店後に何時間も練習し、流行のデザインを真似して、写真の撮り方も接客も、全部自分で覚えてきた。

今ではスタッフ9名。

地域では「若くして自分の店を持った女性経営者」として知られる存在です。

ところが最近、23歳のスタッフに予約が集まるようになったと言います。

そのスタッフは明るく、写真の撮り方もうまい。
流行への感度も高い。
SNSの使い方も自然です。

昔からの常連客まで、そのスタッフを指名するようになってきた。

面談の中で、彼女は笑いながらこう話しました。

「いや、店としてはありがたいんですよ。売上になるし。あの子も頑張ってるし」

ただ、その笑顔は少し硬かった。

そして少し間を置いて、
「私が作った店なのに、私のデザインはもう古いのかなって思う時があって」
と言いました。

さらに続けます。
「昔は、“あなたにお願いしたい”って言われるのが嬉しくて、寝ないで練習してたんです。今は、“若い子の感性ってすごいですね”って言われると、笑って返すんですけど……帰ってからめちゃくちゃ落ちます」

そして最後は明るい声で締めくくるのです。
「まあ、経営者なんだから、スタッフが育ったって喜ばなきゃダメですよね」

こうした相談は、経営や人事の問題として整理することもできます。

「オーナーは現場を離れて経営に専念しましょう」
「若いスタッフを前面に出しましょう」
「教育者としての役割に移行しましょう」

どれも間違いではありません。

しかし私は、その話をすぐにはしませんでした。
なぜなら、この方が本当に苦しんでいるのは、人事配置やブランディングの問題ではないように見えたからです。

私はこう尋ねました。
「スタッフさんが育っていること自体は、本当に喜ばしいことなんだと思います。ただ、その一方で、先生ご自身がかなり傷ついているようにも聞こえました。今日は誰をどう配置するかの前に、何が一番痛かったのかを一緒に見てもいいですか」

すると彼女は少し黙りました。

経営者は、自分の弱さを説明するより先に、正しい答えを言おうとすることがあります。

スタッフが育つのは良いこと。
売上が伸びるのは良いこと。
若い才能を伸ばすべき。

全部正しい。

でも、正しいことと、傷つかないことは別です。

話を聞いているうちに見えてきたのは、

自分の手で作ってきた店の中で、
自分が少しずつ中心ではなくなっていく感覚でした。

「あなたにお願いしたい」
と言われていた自分が、

「若い子の感性ってすごいですね」
と言われる側になっていく感覚です。

まだ38歳。
本人の感覚では、まだ現役です。
まだ挑戦者です。
まだ選ばれる側でいたい。

だから苦しい。

精神科医としてこうした話を聞いていると、
もちろんこれは病気ではなく、ごく自然な人間の反応だと感じます。
能力の問題でもありません。

むしろ、自分の人生をかけて積み上げてきたものがある人ほど起こりやすい反応です。

本人は、
「いいな」
「悔しいな」
「私にはもうできないのかな」
と思ってしまう。

そして、その感情を持つ自分が嫌になる。

ここで大切なのは、いきなり正論で片づけないことだと思います。
「嫉妬していますね」
「経営者なら割り切りましょう」
「もう現場の主役ではないんですね」
こうした言葉は本質に近いようでいて、本人には入りません。

なぜなら、まだ本人と痛みを共有できていないからです。


私は経営者支援において、

感情は受け止める。
しかし感情のまま組織判断に進むことには線を引く。
この順番が大切だと考えています。

若いスタッフへの嫉妬は悪ではありません。
自分の店で、自分の存在感が薄れていくように感じれば、誰だって痛い。
ただ、その痛みを理由にスタッフを冷遇したり、チャンスを奪ったりするなら話は別です。

弱さは否定しない。
しかし弱さから生まれる破壊的な行動には加担しない。
そこが支援者の役割だと思っています。


経営者は、
社員の前では強い顔をします。
お客様の前では余裕のある顔をします。
SNSでは前向きな顔をします。

でも本当は、
「私が作った場所なのに、私だけ古くなっていく気がする」
「スタッフが育つほど、自分の居場所がなくなる気がする」
「喜ぶべきことなのに、素直に喜べない自分が嫌だ」
そう感じていることがある。

そんな感情を持ったからといって、経営者失格ではありません。
むしろ、それだけ自分の人生を現場に置いてきたということでしょう。

だから、
最初に必要なのは解決策ではなく理解です。
理解されないまま正論を言われると、人は防衛します。
理解されたあとなら、少し痛い現実も受け取れることがあります。

私の仕事は、
経営者を甘やかすことでも、
そして、正論で矯正することでもありません。

何が起きているのかを整理し、
何に傷ついているのかを言葉にし、
その痛みを理由に誤った判断をしないよう支援することです。

この相談はネイルサロン経営者の話ですが、本質的には業種を問いません。

製造業の社長でも、
物流会社の管理職でも、
クリニックの院長でも起こることです。


後輩が育つほど、自分の価値が揺らぐ。
これは経営の問題というより、人間の問題だからです。

若いスタッフに嫉妬した経営者は、醜いのではありません。
ただ、自分の人生をかけて作った場所で、
自分の価値が揺らぐ音を聞きつけてしまっただけです。

そして私は、そうした音に一緒に耳を傾けることも、経営者支援の大切な役割の一つだと思っています。