メンタルヘルス対策が「やりにくい」と感じる背景
経営者の方から「メンタルヘルスの対策が難しい」という声をよく聞きます。
「社員の不調は見逃したくないけれど、何が病気で何がそうでないのかわからない」と悩まれる方も少なくありません。
その背景には、日本全体の“メンタルの不調”の捉え方が変わってきたという大きな社会的変化があります。
600万人超:精神疾患患者が増加する現代のリアル
厚生労働省のデータによると、日本の精神疾患の患者数は過去20年で倍増し、今や600万人を超えています。
統計の取り方が変わったという要素もあるとはいえ、ここまでの増加は無視できません。
単に「病気が増えた」というより、「不調が病気として扱われる機会が増えた」と言った方が近いかもしれません。
メンタルクリニックの急増と“供給が需要を呼ぶ”構造
並行して、メンタルクリニックやカウンセリングの場も爆発的に増加しました。
「困ったときに相談できる場所」が増えたことは、確かに良いことです。
ただその一方で、支援の場が増えることによって、「今まで見過ごされていた悩み」まで“病気”として診断されるケースも出てきています。
つまり、医療の供給が需要を生み出してしまっているという現象です。
支援が広がる一方で、問題が“病気化”されるリスク
たとえば、職場での人間関係の悩みや自己肯定感の低さなど、かつては“生きづらさ”や“性格傾向”として受け止められていたものが、
今では「適応障害」や「うつ症状」といった診断名がつくことがあります。
これが悪いこととは言い切れませんが、企業としては「どこまで配慮すればよいか」が分かりにくくなる一因になります。
「病気」と「困りごと」の境界があいまいに
病気であれば医療的対応が求められますが、困りごとであれば組織内のサポートや人間関係の再構築で解決できることも多いものです。
今、企業が直面しているのは「本当に治療が必要な病気」なのか、それとも「環境や対人関係の課題」なのか、判断が難しいケースの増加です。
社会の理解は進んだが…「なんでもメンタル」への懸念
うつ病や不安障害に対する偏見は以前よりも減り、病気をオープンにしながら働く人も増えました。
これは間違いなく良い流れです。
しかし一方で、「なんでもかんでも“メンタルの問題”として片付けられる」という批判も、ある程度現実に即しています。
曖昧なまま“病気扱い”してしまうと、周囲もどう接して良いのか分からなくなってしまいます。
企業対応の難しさ:本当に必要な支援とは何か
経営者としては、「無理して働かせるわけにはいかない」「でも業務も回さなければならない」
というジレンマを感じることも多いはずです。
大切なのは、医学的に治療が必要な状態と、そうではない心理的ストレスの状態を、冷静に分けて捉える視点を持つことです。
精神科産業医の視点:分類と優先順位をどうつけるか
私自身、精神科産業医として現場に関わる中で、「メンタル不調」という言葉の中に、多様な背景があることを実感します。
・本当に医療的介入が必要なケース
・職場環境の調整で対応できるケース
・人間関係の課題や役割のミスマッチが原因のケース
これらを丁寧に分類し、優先順位をつけて対策を検討することが、経営者・人事の重要な役割になります。
メンタル不調者への対応で「線引き」を持つ重要性
すべての悩みに過剰に反応していては、組織が持ちません。
逆に、見て見ぬふりをしてしまうと、不調者がさらに悪化してしまいます。
だからこそ、企業内で「どこまでが医療の領域で、どこからが業務マネジメントか」という“線引き”を共有しておくことが大切です。
これはルールではなく、「共通認識」としてのガイドラインです。
企業ができる“過剰でも放置でもない”選択
メンタルヘルスは時代と共に変化し続けています。
だからこそ、「昔はこうだった」や「病院に任せればいい」という姿勢だけでは対応できません。
企業として大切なのは、“過剰に抱え込みすぎず、放置もしない”バランス感覚。
精神科産業医など外部の専門家も上手に活用しながら、職場全体で持続可能な支援体制を構築していける。
そんな風になっていくお手伝いをしていきたい、そう思うのでした。