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産業医が主治医との違いにあえて触れない理由 産業医のトリセツをつくりたい その3

主治医だって患者の希望に沿えないことはある


前回、産業医は必ずしも従業員の希望に沿えない、と書いた。
もちろん、主治医だって患者の希望に沿えないことはある。
「病気を必ず治してほしい」とか、
「すっかり元のように回復させてほしい」とか。

重症の心不全になったときに、
「元のように動き回れるようになりますか」といわれたら、
<なりません>ということはある。
それは<元には戻らない>であって<治らない>ということではない。

精神科でよくあるのは、
「薬を飲んでいるからまだ治っていない」という言葉。
患者さん自身であったり、ご家族であったりの。

<今のように苦しい状態からは、良くなります>
<何もなかったことになるか、といったらなりません>
<良くなってからも、繰り返さないために治療を続けること、服薬を続けること、生活習慣に気を遣うことは必要です>
<何もしないで、二度と繰り返さないか、といったら何もしなかったらおそらく繰り返します>

<高血圧や糖尿病、心臓病といった、慢性の病気と同じです>
<がんだって、手術したらそれで終わりではありません>
<抗がん剤治療をすることもありますし、手術後の経過観察やリハビリも必要です>

特に精神科では、「治りますか?」という質問に答えることは、
どう回復していくか、という目標を共有するための、
治療上でもっとも重要なイベントになる。

閑話休題

産業医が主治医との違いにあえて触れない理由 その1


産業医が主治医との違いにあえて触れない理由にはいくつかある。

その1は、
あんまりそこを意識していないイマイチさんだから。

イマイチな産業医にもいろいろな理由があるけれど、
その一つの典型は、この主治医としての役割と産業医としての役割を理解していないこと。
地域の開業の内科医などがアルバイト感覚で産業医に就いているときにありがち。
いつものクリニックで患者さんに対応している気分のまま、
会社で従業員に向かってしまう。

だから働くことより病気の治療を優先してしまったり、
会社で健康講話と称して病気の講釈を垂れてしまったり。
医師アタマ、というやつでしょうか。

とてもありがちなパターンだけれど、今回の場合はこれではなさそう

産業医が主治医との違いにあえて触れない理由 その2


その2は、
”あえて”、その違い、従業員からの誤解を解こうとしていない場合
なぜかというと、心地よく、都合が良いから。

医師は医師であることで権威性を手に入れている。
その権威性は医師に対する信頼のもとになる。
信頼というのはすなわち好意。
医師であるとみなされることは、患者さんからの無条件の好意のもととなっている。

ただ、産業医は主治医ではない。
これを説明することで、
産業医は「じゃああんた何してくれる人なのさ?」
「じゃあなにか、あんたは会社の味方で、こっちの敵だってことか?」
という批判と対峙しなくてはならない。

すなわち、産業医は
産業医が従業員を支援する、とはどういうことか、を説明し、納得してもらわなくてはならない。
主治医が「治る」とは何かを説明するときのように。

ああ、めんどくさい。言わないでもわかってくれたらいいのに。
といってそれも産業医の仕事のうちなんですが。

限界を伝えることに慣れていない


または、
これも医師アタマのひとつかもしれないけれど、
医師の多くは言葉によって治療介入や自らの行為を説明し、納得させることに慣れていない。

そして、行為について説明するということは、その限界について説明するということ。
なぜなら、ほとんどの医師にとっては、治療jの限界とは、生命の終わりが来るということ。
だから、治療の限界ないし失敗は明らか、なように見える。
レフリーは自分の外にいる、というか。

しかし、産業医や精神科医といった、生命の限界がない状況では、
その線引きは誰がするのか。
会社であれば、それは就業規則というルールブックだろう。

産業医がしなくてはいけないのは、その読み解き方の説明。
そのハードルを乗り越えるためにどうアプローチしたらよいか、どんな方法があるか。
そしてそのための作戦を一緒に考えること。

今回の産業医は、
就業規則という限界を提示した様子はなく、
それに則って作戦を立てる、というルールも説明しなかった。
ように見える。

気づいていないのか、
気づいていてもサボっているのか、
どちらにしても、
産業医とは何をするのか、主治医とはどう違うのか、についての認識が不十分。

確信犯ではないと思いたいところだが。

準備不足でステージに立たされて


これは、今回の産業医が精神科医ではないから?
そういうことでもないような気がする。

私自身は精神科医以外になったことはないので、実体験としては持たないが、
精神科医ですら「治る」ことの説明を確実にしている者は多くはない。

医師は必ずしも患者の希望に沿える存在ではない。
それは産業医であっても、主治医であっても同じこと。
だけれど、おそらく精神科以外の主治医はその課題にあえて触れてはいかないし、
産業医と主治医の違いを説明することから始まり、
産業医の果たす役割について説明することにも慣れていない。

それをやらないということは、
逆に言うと何をしたらよいかわからない状態。
そんな武器も防具も持たない無防備な状態で、
会社というアウェイなステージで従業員と対峙したとしたら。

<治療者ではない自分にできることはない>
そんな傍観者みたいな無力感が、
今回の産業医からはにじみ出てしまっていたのかもしれない。
そんな風にも思う。

手を尽くしたとしても


丁寧に、必要なことをしたからと言って、
歓迎され、感謝されるとは限らない。

だってめんどくさいものね。
こんな産業医。
従業員さんにしたって、
「産業医の役割とかどうだっていいから希望通り復職させてくれたらええねん!」というのが本音のところかもしれない。

とは思うけれど、
そういった難所をいくつも潜り抜け、乗り越えて、
その先に従業員さんの力になるという成果がある、
そう信じたい。

どうしたらよかったのか、はまた次回に。