「とりあえず異動」は、本当に解決策か?
結論から申し上げますと。
「問題社員だから異動させる」と安直に判断すると、
かなりの確率で後からこじれます。
うまくいくこともあります。
しかしそれは、原因と配置転換が偶然かみ合ったときだけです。
魔法ではありません。
今回はそこの「偶然」を、
「必然」に変えられないか、そんなことを考えてみます。
現場が疲弊すると出てくる言葉
現場が限界に近づくと、だいたい同じ言葉が出てきます。
「異動させましょうか」
衝突が続き、周囲も消耗し、管理職の表情も硬くなる。
とにかく空気を変えたい。
いったんリセットしたい。
その気持ちは痛いほど分かります。
精神科医として企業に関わっていると、まさにその場面に何度も立ち会います。
ただし、ここで一度立ち止まらないと、火は別の場所で大きくなることが多いのです。
それは“問題行動”なのか、“サイン”なのか
まず整理すべきはここです。
本当に問題行動なのか。
それとも何かのサインなのか。
例えば、急に遅刻が増えた、怒りっぽくなった、会議で反応が鈍い。
これらは、うつ状態や適応障害でよく見られる変化です。
「困った人だ」と感じたときに、同時に「この人は困っていないか」と考えられるかどうか。
ここを外すと、その後の対応はだいたいこじれます。
精神科医としての診療経験から言えば、“問題社員扱い”された人の中に、未治療のメンタル不調が隠れていることは珍しくありません。
健康だけが原因ではない
もちろん、すべてがメンタルヘルスの問題ではありません。
発達特性の影響で曖昧な指示が理解しづらいこともあるでしょう。
役割が不明確で動きにくいこともある。
評価への不満が積み重なっている場合もあります。
この場合、部署を変えても根っこは残ります。
設計の問題を、人の移動で解決しようとしている状態です。
教科書的に言えば「個人要因」と「環境要因」の整理が必要です。
医者として言えば、原因を診ないまま処方している状態です。
医療では、診断なき処方はしません。
企業人事も本来は同じでしょう。
なぜ企業は異動を選ぶのか
それでも異動が選ばれる理由は現実的です。
解雇のハードルは高い。
管理職は限界に近い。
そして表面上は穏便に見える。
分かります。
本当に分かります。
しかし「穏便そうに見える」というのが一番やっかいです。
整理されないまま新しい部署へ行く。
再び問題が起きる。
「またトラブルを起こした」という評価がつく。
本人の被害意識が強まる。
組織の不信感も残る。
そして、ときどきメンタルが崩れます。
不安定な状態で環境を変えると、症状が悪化することがあります。
適応障害やうつ病へ進むケースも、決して珍しくありません。
最低限、整理すべき視点
異動を考えるなら、いくつかの視点を言語化しておく必要があります。
それは、健康の問題なのか。
適性の問題なのか。
業務設計の問題なのか。
それともマネジメントの問題なのか。
感情的に「もう限界だ」と感じること自体は自然です。
ですが、それは判断材料ではありません。
論語に「名正しければ言順う」とあります。
まず名前を正す。つまり、何が起きているかを正確に言葉にすることです。
異動するなら、プロセスを可視化する
異動を行うのであれば、理由を説明できる状態にしておくことです。
業務上の必要性は何か。
本人への不利益はどの程度か。
他の選択肢は本当に検討したのか。
そして記録を残す。
これは防衛のためというより、プロセスを透明にするためです。
曖昧さが不信を生むからです。
人格の話にしない
絶対に避けるべきなのは、人格評価です。
「あなたは協調性がない」
この瞬間、関係は壊れます。
話すべきは業務と役割、そして適性の話です。
組織全体の生産性という観点で説明することです。
人格を裁く場ではありません。
組織運営の話です。
異動はゴールではなくスタート
異動は終わりではありません。
むしろスタートです。
定期的に様子を見る。
業務量を調整する。
必要であれば医療的な評価も入れる。
ここまでやって、初めて「手段としての異動」と言えるでしょう。
違和感の段階で止まる
私のもとに相談が来るのは、多くの場合トラブルが大きくなってからです。
正直に言えば、その時点では選択肢がかなり狭くなっています。
だからこそ、違和感の段階で立ち止まる。
第三者の視点を入れる。
遠回りに見えて、結果的には一番コストが低い。
これは理論というより、現場で何度も見てきた実感です。
「とりあえず異動」は楽です。
ですが、楽な選択ほど、後で高くつくことがある。
組織も人も壊さないために。
まずは整理から始めるべきですね。
アンドモアー
でも、こうやってどうしよう、こうしようって考えていることを、
本人に間接的に伝わるようにしていくことが、
本人の行動を変えていくような気もするなぁ、
なんて書きながら思ってしました。
ちょっとメタ視点だったり、
オープンダイアログだったりにかぶれすぎてますかね。
