おおた産業メンタルラボ

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若者問題を“世代論”で片付けないために|その3:若者に好かれようとするな  ―関係性ではなく「機能」で関わる―

前回は、経験を積んだ側に残っているものの正体として、
「不確実な状況で動ける力」がどこから来るのかを整理しました。

では、その前提を踏まえて、
現場では若者とどのように関わるべきなのでしょうか。

若者にどう接するべきか。

丁寧に教えるべきか。
寄り添うべきか。
厳しく指導すべきか。

多くの人が、現場でこの問いに悩み続けています。

しかし、この問いの立て方自体が、
少しずれています。


まず前提として整理しておくべきことがあります。
なぜ、若者に関わるのか。
答えはシンプルです。
「仕事だから」です。
業務であり、役割だからです。


ここを曖昧にしたまま関わろうとすると、
・好かれようとする
・過剰に理解しようとする
・必要以上に背負い込む
といった方向に流れやすくなります。

これは多くの場合、
「良い上司であろうとする意識」や、
組織の中にある同調圧力から生まれます。

しかし現場で求められるのは、
関係性の充実ではなく、機能の成立です。

したがって出発点はこうなります。
「必要な範囲で関わる」
それ以上でも、それ以下でもありません。

ここで重要になるのが、距離の取り方です。

近づきすぎれば、依存や過干渉が生まれる。
離れすぎれば、放置や機能不全が起きる。

必要なのは、
「適度に関わること」です。


この「適度」というのは曖昧に見えますが、
実務的には次のように整理できます。

・業務に必要な情報は明確に伝える
・判断が必要な場面では線を引く
・それ以外の領域には過剰に踏み込まない



ここで一つ、よくある誤解があります。
「信頼関係を築くために、丁寧に説明し、理解してもらうべきだ」
という考え方です。

もちろん、説明は重要です。
しかし、言葉だけで信頼を作ろうとする発想には限界があります。


現場で実際に伝わるものの多くは、
・仕事への向き合い方
・判断の仕方
・他者への接し方
といった、言語化されにくい領域です。

いわゆる「背中を見て覚える」という言葉は古く聞こえますが、
その本質は今も変わっていません。


マニュアルやAIによって、
予測可能な領域の多くはすでに補完されています。

だからこそ、
非言語的にしか伝わらない部分が、
相対的に重要になっています。

ここで、上の立場にある側がやるべきことは明確です。

まず、自分の役割をきちんと果たすこと。

教育以前に、
・自分の業務を安定して遂行する
・判断を引き受ける
・責任を持つ
この姿勢そのものが、最も強いメッセージになります。

もう一つ重要なのは、「教え方」です。

多くの人が陥るのは、
・好かれようとしてしまう
・理解させようとしすぎる
・納得させることにこだわる
といった状態です。


しかし実務的には、こう整理した方が機能します。
・教えるべきことは教える
・できるようになれば評価する
・それ以上はコントロールしない

「好かれるかどうか」は、別の問題です。


若者との関係は、本質的に非対称です。
そして多くの場合、
上の立場の人間は「煙たい存在」です。
これは避けられません。

むしろ、その前提を受け入れた方が、関係は安定します。

若者が強い言葉で問いを投げてきたとき、
「それは何の意味があるんですか」
「それは自分の仕事ですか」
こうした場面で必要なのは、

感情的な反応ではなく、役割としての応答です。


たとえば、
「それは自分の仕事ですか」と問われたら、
「そうです。誰かがやる必要があるので、あなたがやります」
とシンプルに言い切る。

ここで重要なのは、
声の強さに逃げず、判断を引き受ける姿勢です。


同時に、追い詰めすぎないことも重要です。
逃げ道のない状態は、
人を防御的にし、機能を止めます。

「囲師は周するなかれ」
完全に囲い込むのではなく、一定の余白を残す。

このバランスが、現場では決定的な差になります。

若者をどう扱うか、という問題に見えて、
実際にはもっと別の構造があります。
現場の努力で回っている組織は、いずれ回らなくなります。


若者を変えようとするのではなく、
関係の設計を変える。
その視点が、これからの現場には求められています。