「配慮が望ましい」に丸める前に考えること
産業医を始めた友人から、
復職時の意見書についてボヤキのような相談を受けた。
メンタルヘルス不調で休職していた係長クラスの社員が、
近く復職する予定になった。
会社では有能で、現場からも頼りにされている人物である。
産業医としては、本人面談、主治医診断書、休職前の勤怠、夜間呼出しの記録、現場ヒアリングなどを確認したうえで、復職後の就業上の措置として次のように意見した。
- 復職後4週間は残業禁止
- 復職後4週間は夜間・休日呼出し不可
- 復職後4週間は単独での突発トラブル対応不可
- 設備停止時の一次責任者から外す
- 日中帯の計画保全、点検記録整備、若手教育補助から開始
- 2週間ごとに再評価
すると会社から、こう相談があった。
「彼は有能で、現場でも頼りにされている。
禁止や不可と書かれると現場が回らない。
“配慮が望ましい”くらいに表現を柔らかくできないか」
この相談を聞いて、
私はまず「よくここまで整理したな」と感じた。
良いと思った点は、「不可」と書いたことだけではない。
期限を切っていること。
再評価の時期を入れていること。
避ける業務だけでなく、始められる業務も示していること。
これは復職を止める意見ではない。
復職させるための意見である。
「禁止」か「配慮」か、だけで考えない
会社が「禁止」「不可」という言葉に反応するのは分かる。
現場からすれば、夜間呼出しや突発対応に入れない人がいると困る。
特に設備保全のような部署では、誰かが対応しなければならない。
机上では「配慮しましょう」で済んでも、実際には電話が鳴る。
設備は止まる。
判断できる人が必要になる。
だから、会社側の不安そのものは不自然ではない。
まったくもっともなことだと思う。
ただし、ここで見るべきなのは、言葉が強いか柔らかいかではない。
大切なのは、医学的に必要な制限かどうか。
そして、その制限に期限と見直しの条件があるかどうかである。
「夜間呼出し不可」とだけ書かれていて、期限も見直し時期もなければ、会社は困る。いつまで不可なのか。何を確認できれば解除できるのか。代わりにどの業務なら任せてよいのか。判断材料がないからだ。
一方で、「配慮が望ましい」とだけ書かれていても、
現場は別の意味で困ってしまう。
呼び出してよいのか。
忙しいときは例外にしてよいのか。
本人が断らなければ入れてよいのか。
上司が「大丈夫?」と聞き、本人が「大丈夫です」と答えれば、それでよいのか。
ここが曖昧になると、その曖昧さは最後には本人に降りかかる。
復職直後の人に、「断るかどうか」を背負わせるのは危うい。
本人は戻りたいと思っている。
迷惑をかけたくないとも思っている。
頼りにされていた係長なら、なおさらのこと。
その状態で夜間呼出しを打診されれば、
無理をして「行きます」と言ってしまうことは十分にあり得る。
だからこそ、産業医意見には意味がある。
本人の気合いや現場の空気に任せないための線引き。
復職直後の不安定な時期を守るための、期間限定の安全策になっている。
期限があるから、会社も動ける
「復職後4週間は夜間・休日呼出し不可」
こう書くと、現場は一瞬困る。
しかし、4週間と決まっていれば、会社は考えられる。
他の係長で一時的に分担する。
応援要員を入れる。
外部委託を検討する。
日中業務から段階的に戻し、夜間対応は少し遅らせる。
2週間後の面談で、睡眠、疲労、勤怠、本人の不安の程度を確認する。
これが無期限の「夜間対応不可」なら、会社が困ってしまうのは当然である。
しかし、期限と再評価があれば、それは会社にとっても判断材料になる。
産業医意見は、会社を困らせるための紙ではない。
医学的に必要な線を示しつつ、会社が現実的に動けるようにするためのもの。
だから、単に「禁止」と書くかどうかではなく、次の点が重要になる。
いつまで制限するのか。
何を確認するのか。
どの業務から戻すのか。
どの条件がそろえば制限を緩和できるのか。
ここまで書けて初めて、産業医意見は「制限」ではなく「復職計画」になる。
「配慮が望ましい」は便利だが、逃げにもなる
「配慮が望ましい」という表現は使いやすい。
角が立ちにくい。会社も受け取りやすい。
現場も一応、配慮している形にできる。
しかし、便利な言葉ほど危うい。
医学的には避けるべき業務なのに、「配慮が望ましい」と書いてしまう。
すると現場では、
「できれば避ける。でも人がいなければ仕方ない」という扱いになることがある。
復職直後に夜間呼出しが入る。
睡眠が崩れる。
翌日も出勤する。
疲労が抜けない。
不安が強くなる。
また休む。
こうした流れで、休職を繰り返してしまうと、
復職の足取りは重くなっていく。
人員不足を避けるために制限を弱めたはずが、
結果として再休職になってしまえば、
会社にとっても大きな損失である。
本人もつらい。現場もさらに苦しくなる。
会社の事情を無視すべきだ、という話ではない。
現場が回らないという声には、当然向き合う必要がある。
ただし、向き合うべき問いは、
「不可を配慮が望ましいに変えられないか」
ではない。
「4週間の明確な制限を守りながら、現場をどう回すか」
である。
さらに言えば、
「2週間後の再評価で、何を確認できれば制限を緩和できるか」
まで考えること。
このケースでぼかしてはいけないこと
このケースで大事だと思ったのは、
医学的に必要な中核部分をぼかさなかったこと。
復職後4週間は残業を避ける。
復職後4週間は夜間・休日呼出しに入れない。
復職後4週間は単独での突発対応を避ける。
2週間ごとに再評価する。
友人である産業医は、ここをかなり明確に示していた。
これは、本人を特別扱いするための意見ではない。
復職直後の不安定になりやすい時期に、再発リスクを下げるための期間限定の安全策である。
もちろん、「不可」という言葉が会社に強く受け止められることはある。
その場合、説明の仕方を整える余地はある。
たとえば、
「復職後4週間は、再発予防の観点から、夜間・休日呼出し業務には従事させないことが望ましい」
というように、文章としての角を少し取ることはできる。
ただし、忙しいときは呼び出してもよい、と読める表現にはしない。
そこを曖昧にすると、意見書としての意味が弱くなる。
会社に強調して説明すべきなのは、
この制限が復職を妨げるものではない、という点。
ここで再発すれば、4週間どころではなく長期離脱になる。
本人を守ることは、現場の戦力を守ることなのだ、ということ。
産業医意見は、本人だけを守るものではない。
現場の管理職も守る。
会社も守る。
曖昧なまま復職させ、また体調不良になってしまった後になって
「なぜ夜間呼出しに入れたのか」となるほうが、よほど苦しい。
修正依頼が来たときに確認すること
会社から「表現を柔らかくできないか」と言われたとき、
すぐに書き換えるべきではない。
まず確認すべきは、会社が変えたいのは文言だけなのか、
それとも4週間の制限そのものなのか、という点である。
ここは分けて考える必要がある。
文言の調整なら、できる範囲がある。
しかし、医学的な意味が変わるなら別問題。
確認すべきことは多い。
主治医診断書には何と書かれているのか。
本人は夜間呼出しや突発対応をどう受け止めているのか。
休職前に残業や呼出しはどれくらいあったのか。
復職後4週間に予定されている業務は何か。
代替要員や応援体制は本当に検討されたのか。
2週間後に何を見れば、制限を緩められるのか。
このあたりを確認せずに、「配慮が望ましい」に直すのは危うい。
会社の依頼が、単なる言葉の問題に見えて、実際には医学的制限の解除を求めていることもある。
そこを産業医が見落とすと、意見書の意味そのものが変わってしまう。
また、こうしたやり取りを記録に残しておくことも重要である。
元の産業医意見。
会社からの修正依頼。
医学的な中核は変更できないと説明した経緯。
会社側の現場事情。
代替策として検討した内容。
再評価の時期。
現場に共有する情報の範囲。
記録は2週間後に判断を見直すための材料。
そして、産業医自身の判断を守るための材料でもある。
最初に何を心配していたのかが残っていなければ、次の判断がぶれる。
夜間対応を戻すのか。
残業を少し認めるのか。
単独対応はまだ避けるのか。
日中業務だけでも疲労が強いのか。
復職支援は、最初の意見を書いて終わりではない。
見直しながら進めるものだ。
今回、友人からのボヤキのような相談を受けて、それを強く思った。
産業医のお仕事
復職時の産業医意見で大切なのは、「不可」と強く書くことそのものではない。
必要な制限を、期限つきで書くこと。
いつ、何を見て、どう見直すのかを書いておくこと。
避ける業務だけでなく、始められる業務も示すこと。
「復職後4週間は夜間・休日呼出し不可」と書けば、現場は一瞬困る。
しかし、「配慮が望ましい」とだけ書かれた現場は、もっと困る。
呼び出していいのか。
本人が断らなければ入れていいのか。
忙しいときは例外にしていいのか。
誰も判断できなくなる。
そして、その曖昧さは本人に重荷として降りかかる。
復職直後の人に、「断るかどうか」を背負わせてはいけない。
そこは、産業医が医学的な判断として引き受ける。
それが、
産業医が会社組織を支援することを通じて、従業員個人も支援する、
ということの本質だと感じたことでした。
日々これ精進。
