「悪者探し」から始めてしまうと
ハラスメントの相談を受けるようなとき、
会社の中ではしばしば空気が一気に硬くなります。
「誰が加害者なのか」
「誰が被害者なのか」
「処分が必要なのか」
「異動させるべきなのか」
「産業医面談で事実確認をしてもらえないか」
こうした問いが、急に前面に出てきます。
そして、まだ事実が十分に分からないうちから、
会社全体が名探偵コナンを始めます。
「あのときの発言はどうだった」
「あのチャットは証拠になる」
「誰が見ていた」
「誰が悪い」
もちろん調査は必要です。
しかし、会社が最初にやるべきことは、推理大会ではありません。
相談者の健康が悪化しているなら、
会社は安全配慮義務の観点からも、早急に対応する必要があります。
ただ、この手の案件を「加害者を処分する話」だけにしてしまうと、
会社はもっと大事なものを見落としてしまう。
今回はそんな話。
ハラスメント加害者あるある
多くの現場で、
ハラスメント加害者とされる上司は、
単なる粗暴な人ではありません。
むしろ仕事ができる。
顧客や品質への責任感が強い。
判断が速い。
現場が困ったときに最後に引き受けてくれる。
会社からも頼られている。
だからこそ、その人の言動が問題化したとき、会社は非常に悩みます。
相談者を守らなければならない。
しかし、その上司をつぶせば現場が崩れる。
かといって、有能だからといって放置すれば、
部下が壊れ、若手が辞め、相談が上がらなくなる。
私は、この問題の本質は、
加害者を倒すことではなく、
被害者を守りながら、有能だが危うい管理職をどう再生するか、
そこにあると考えています。
ありがちな事例
ある企業で、
カスタマーサポート部門のリーダーを務める女性社員から、
パワハラ相談窓口に相談がありました。
「直属上司から、会議中に繰り返し強い口調で叱責される」
「問い合わせ対応のミスをチームチャットで名指しされる」
「最近眠れない」
「出社前に動悸がする」
「でも、大ごとにはしたくない」
「上司に知られると、もっと働きにくくなる」
本人は部署異動までは望んでいませんでした。
ただ、「しばらく上司との1対1面談や、夜間障害対応のリーダーからは外れたい」と話していました。
会社は悩んでいました。
その上司は厳しい人ではあります。
ただし、顧客対応品質への責任感は強い。
障害対応でも頼りになる。
若手からは怖がられている一方で、
「あの人がいるから品質が保たれている」
という声もある。
経営層も、人事も、現場も、その上司を単純に悪者とは見ていませんでした。
一方で、相談者の不眠や動悸は現実に出ています。
来週からはとある大口案件の本番稼働があり、
相談者は夜間障害対応のリーダーに入る予定でした。
本人は
「夜間対応に入ると、また眠れなくなる気がする」
と訴えています。
さらに、人事担当者が善意から、
上司に「最近、強く言いすぎていませんか」
と探りを入れてしまいました。
すると上司は、
「必要な指導をしているだけです。誰がそんなことを言っているんですか」
と反応しました。
相談者は、
「上司が探りを入れている気がする」
と不安を強めました。
この時点で、会社は決して悪い会社ではありません。
むしろ、何とか適切に対応しようとしています。
ただ、問いの立て方がまだ危うかったのです。
「これはハラスメントですか」
「産業医面談で事実確認してもらえますか」
「上司を外すべきですか」
「本人を異動させるべきですか」
こうした問いになっていました。
問題を三分割してみる
私は、この手の問題は三つに分けて取り組むのがよいと思ってます。
一つ目は、相談者の健康を守ること。
不眠、動悸、出社前不安が出ている以上、
ハラスメント該当性の結論を待ってから対応するのでは遅い。
二つ目は、ハラスメント調査を適切に行うこと。
相談者の訴えだけで即断してもいけないし、
上司の言い分だけで片付けてもいけない。
チャット履歴、会議の状況、周囲の認識、業務上の必要性、頻度、態様など、できる限り客観的な状況を確認する必要がある。
三つ目は、有能だが危うい上司をどう再生するか。
ここが現場では非常に重要です。
問題を起こす管理職は、無能な人ばかりではありません。
しばしば、むしろ会社が一番手放したくない人だったりします。
会社のエースが、会社のリスクになっている。
ハラスメント案件が難しいのは、この一点に尽きます。
多くのハラスメント案件では、
上司本人は「攻撃している」とは思っていない。
「品質を守っている」
「顧客に迷惑をかけないために言っている」
「部下を成長させるために厳しくしている」
「自分もそうやって育てられてきた」
そう考えて良かれと思って行動している。
そして実際、指摘内容自体は正しいことも少なくない。
しかし、問題は、「正しいことを言っているか」だけではありません。
それが、どの場面で、どの口調で、誰の前で、どの頻度で、どの程度の逃げ場のなさで行われているのか。
その結果、相手がどう受け止め、周囲がどう萎縮し、相談や報告が止まっていないか。
ここが問題になります。
上司の意図が善意であったとしても、
影響が有害なら、会社は修正しなければなりません。
危うしハラスメント対応。
この場面で危ない判断は、両極にあります。
一つは、上司を一気に「加害者」と決めつけて潰しにいく対応。
相談が出た。
本人が不眠を訴えている。
だから、上司が悪い。
接触禁止。
異動。
処分。
これは一見、相談者を守っているように見えます。
しかし、調査が不十分なまま上司を断罪すれば、適正手続を欠きます。
現場は分断されます。
そして、
「悪者探しは経営ではありません。」
「犯人」が見つかっても、また次の犯人が現れる、
そんなことが当たり前のように起きるだけです。
そして危うい対応もう一つ
一方で、もう一つ危ない判断は、
上司が有能だからといって、相談者の苦痛を軽く見る対応。
「仕事ができる人だから仕方ない。」
これを放置すると、
「仕事の成果は上がるけれど、人は辞める部署」
が出来上がる。
今回、
相談者はすでに眠れず、出社前に動悸が出ています。
会社がこの状態を把握しているのに通常勤務を続けさせれば、
安全配慮義務の説明は難しくなります。
さらに、「相談しても守られない」というメッセージは
静かに、でも確実に周囲に伝わります。
次からは相談は上がってこなくなります。
表面上は静かになりますが、
組織の中では離職、沈黙、報告遅れ、品質低下が進みます。
ハラスメント対応のゴールって
上司を潰してもいけない。
相談者を放置してもいけない。
どちらに寄りすぎても職場の危機。
ここに、このテーマの難しさがあります。
ハラスメント対応のゴールは「誰が悪いか」を決めることではありません。本当に会社が向き合うべき問いは、その先にあります。
相談者を守りながら、
有能だが危うい管理職をどう再生し、
組織として同じ失敗を繰り返さない会社にするのか。
そのために会社は何をすべきで、何を抱え込みすぎなくてよいのか。
どうしたらいいってのさ。
今回はこのあたりで。
後編では、
産業医として、そして企業の支援者として、
私が実際にどのように考え、助言するのかについて語りたいと思います。
