AIが普及すれば、人の仕事は減っていく。
ここしばらく、そのように語られてきた。
営業職や税理士などは、AIに代替されやすい職業として挙げられることも多かった。
ところが最近、その予測とは異なる事例が語られている。
ある大手企業では、
AIを営業の準備、育成、商談分析に活用した結果、
商談の創出が増え、デジタルセールス部門の人員が拡大した。
AIによって営業職が不要になったのではない。
AIを使うことで営業活動の範囲が広がり、さらに多くの人が必要になったのだという。
一方、税理士業界では、
税理士試験の受験者数が長期的に減少し、税理士事務所の人手不足感が強まっているという。
その背景について、「税理士はAIに代替される」という予測が広がったことで、資格取得を目指す人が減ったのではないか、という見方をする人もいる。
もちろん、AIへの不安だけで人手不足を説明することはできない。
高齢化、給与水準、繁忙期への業務集中、クラウド会計の普及による収益構造の変化。複数の要因の重なりである。
それでも、二つの事例には共通点がある。
AIは、人を単純に減らしているのではない。
人が必要とされる場所と、人に求められる能力を変えているのである。
AIによって、人の仕事は簡単になるのか
AIが導入されれば、情報収集、文書作成、要約、分析、記録といった作業は効率化される。
数時間かかっていた仕事が、数十分で終わることもある。
初心者であっても、AIの支援を受ければ、一定水準の資料や文章を短時間で作成できる。
しかし、AIが処理できる仕事が増えるほど、人にはAIが処理しにくい仕事が残る。
相手の意図を読むこと。
利害を調整すること。
例外に対応すること。
曖昧な状況で判断すること。
結果について責任を負うこと。
人間の仕事がなくなるというより、人間に残る仕事の難度が上がっていく。
以下は、今後多くの企業で起こり得る状況を組み合わせた架空の例である。
AIを使える若手と、AIの限界を見抜くベテラン
ある中小企業では、営業資料や顧客への提案書の作成に生成AIを導入した。
若手社員はすぐに使い方を覚え、これまで数時間かかっていた資料を短時間で作れるようになった。
文章は整い、見栄えも悪くない。上司からは、「仕事が早い」「新しい技術への対応力が高い」と評価された。
一方、長年その業界で働いてきたベテラン社員は、AIの操作に慣れるまで時間がかかった。
資料を作る速さでは、若手社員に及ばない。
しかし、若手社員が作成した提案書を確認したベテラン社員は、内容に違和感を覚えた。
一般論としては間違っていない。
だが、その顧客の現場では、過去に同じような提案が失敗していた。
設備の制約。
現場責任者の考え方。
社内の意思決定の順序。
そうした事情を踏まえると、そのまま提案しても通らないことを、ベテラン社員は経験から知っていた。
内容を修正したことで提案は現実的なものになり、商談は前に進んだ。
AIを使う力と、AIの限界を見抜く判断力は、別の能力である。
企業には、この二つをどのように組み合わせて評価するかが問われる。
AIによって、若手が早く一人前に見えるとき
別の会社では、顧客へのメール、提案書、議事録の作成に生成AIを活用し始めた。
入社して間もない若手社員も、短時間で整った成果物を作ることができる。
以前であれば、先輩社員の仕事を見ながら、少しずつ顧客対応を覚えていく必要があった。
ところが、AIの支援によって、若手社員でも早い段階から仕事を任せられるように見える。
上司は考える。
「これだけ資料が作れるなら、もう一人で顧客対応ができるだろう」
しかし、顧客から想定外の質問を受けたとき、どこまで答えてよいのか、何を約束してよいのか、誰に確認すべきなのかを判断することは簡単ではない。
知識はAIで補えても、責任の範囲を理解し、相手の反応を見ながら対応する力は、経験なしには身につきにくい。
それにもかかわらず、「AIがあるのだから早く成果を出せるはずだ」と期待されれば、若手にかかる負担は強くなる。
仕事ができるように見えることと、安心して仕事を任せられること。
両者は同じではない。
AIを使えない社員は、能力が低いのか
さらに別の会社では、業務効率を上げるために生成AIを導入した。
会社は研修を行い、社内文書、情報収集、顧客への回答案、会議資料の下書きなど、幅広い業務での活用を推奨した。
導入から数か月がたつと、社員の間に差が現れた。
ある社員は、AIに適切な指示を出し、出力を修正しながら、仕事を早く進められるようになった。
一方、別の社員は、なかなか使いこなせなかった。
何を入力すればよいのか分からない。
回答をどこまで信用してよいのか判断できない。
修正するより、自分で最初から作った方が早い。
その社員の仕事は、周囲より遅れるようになった。
上司は次第に、「新しいやり方を覚える意欲がない」「変化に対応できない」と考え始める。
AIが業務上必要な道具になれば、それを使えるかどうかが能力評価に含まれるのは避けにくい。
新しい道具を使い、成果を出せる社員を高く評価することには合理性がある。
当面、AIへの適応力は、新しい評価軸になっていくだろう。
ただし、その差をすべて本人の意欲や能力だけで説明してよいとは限らない。
研修や練習時間が不十分だったのかもしれない。
日常業務が忙しく、試行錯誤する余裕がなかった可能性もある。
睡眠不足や心身の不調によって、集中力や判断力が落ちていたのかもしれない。
認知特性によって、曖昧な指示を調整しながら使うことが苦手な場合もある。
もちろん、十分に教育し、時間を与えても、必要な水準まで適応できないことはある。
その場合には、配置や役割、評価について、会社が判断しなければならない。
重要なのは、AIを使える人と使えない人を分けることではない。
その差がなぜ生じているのかを見極めることである。
AI時代に難しくなるのは、人を減らすことより、人を見立てること
AIの導入によって、仕事の速度が上がる人がいる。
経験とAIを組み合わせ、新しい価値を生み出す人もいる。
一方で、変化についていけない人、早くから重い責任を任される人、判断する仕事ばかりが残り、かえって疲弊する人も現れるだろう。
こうした問題は、単純な能力評価だけでは扱えない。
病気。
能力。
認知特性。
教育。
業務設計。
上司との関係。
組織の変化速度。
複数の要因が重なっているからである。
本人が不調になったからといって、原因が本人の内側にだけあるとは限らない。
反対に、組織に問題があるからといって、本人に求められる能力や努力を曖昧にすることもできない。
AI時代に企業が問われるのは、人をどう減らすかだけではない。
人と仕事の間で何が起きているのかを、どう見立てるかである。
企業の外にいる産業医にできること
ちょっと大きく風呂敷を広げてみる。
AIの波により、職場や世の中に大きな変化が起きるとき、
その波に揺さぶられ、労災とまではいかなくとも、健康を害したり、苦しさが作られてしまう。
そんな状況で産業医は何をするのか。
社員に起きている問題が、健康上の問題なのか。
業務への適応の問題なのか。
能力や適性の問題なのか。
教育や業務設計の問題なのか。
それらがどのように重なっているのか。
これらを医学的な視点から整理すること。
そこに尽きる。
産業医は、AI導入の専門家ではない。
経営者でも、人事担当者でも、本人の上司でもない。
企業の外にいる専門家である。
一方で、会社の業務内容や職場環境を知り、本人の話を聞き、企業側の事情も踏まえながら、人と仕事の間に何が起きているのかを考えることができる。
企業の外にいながら、現場のすぐそばで、状況を聞ける立場。
そこに産業医の意味がある。
会社の要求が現実的なのか。
教育や移行期間は十分なのか。
本人の健康状態が仕事に影響しているのか。
配慮や業務調整によって改善するのか。
それとも、現在の役割への適応には限界があるのか。
働く人を一方的に守るのでも、企業の都合だけを優先するのでもなく、その職場で実現可能な最善を考える。
AIによって仕事と人の関係が変わる時代。
産業医には、企業の外にいながら、その変化のすぐそばで、人と組織の間を整理する役割が求められていくのではないだろうか。
なんて夢を見た。
