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正解のない社員対応【後編】 会社の支援はどこまで?責任と限界の決め方

支援はどこまで続けるべきか― 会社の責任と限界をどう決めるか


前編では、対応の難しい社員について考えるとき、
会社はまず、
・何を最低限として求めるのか
・どこまで成長を期待するのか
・どのような支援を行うのか
・本人に何を求めるのか
を明確にする必要があると述べた。

では、その支援はどこまで続けるべきなのか。

面談を増やす。
指導方法を変える。
手順書を作る。
配置を変える。
時間をかけて成長を待つ。

会社が「できること」は、工夫すれば増やせる。
しかし、
できることと、やるべきことは同じではない。

ここで必要になるのが、支援の「限界」を考えることである。

支援を続けることにもリスクがある


職場のメンタルヘルスでは、支援しないことのリスクは意識されやすい。

必要な配慮をしなければ、体調が悪化するかもしれない。
安全に働けなくなるかもしれない。

一方で、支援を続けることにもリスクがある。
上司や人事が疲弊する
同僚に業務のしわ寄せが生じる
他の社員に不公平感が生じる
本人の改善課題が曖昧になる
職場全体が一人の社員への対応に引っ張られる

ここで強調しておきたいのは、
「配慮すること」と「問題行動を容認すること」は別である
という点。

病気や障害への配慮は必要。
それは間違いない。
しかし、
暴言、威圧、無断欠勤、指示拒否などまで無条件に受け入れるのは違う。
全く違う。

本人への支援と、周囲が安全かつ健全に働けること。
会社は、その両方を見る必要がある。

「限界」とは、責任を放棄することではない


ここでいう限界とは、
会社が責任を持って取り組む範囲と、会社だけでは抱え込まない範囲を分けること。

職場で起きている問題のすべてを、会社が解決できるわけではない。
治療は医療機関の役割である。
家庭生活の問題を会社だけで解決することはできない。
本人の価値観や行動を、会社が強制的に変えることもできない。

会社が担うべきなのは、
職場において必要な配慮を検討し、
安全に働ける条件を整え、
職務上求める基準を明確にすることである。

そのうえで、
何をするのか。
どこまで行うのか。
いつまで行うのか。
どの条件で見直すのか。
を決める。

限界を決めることは、責任の放棄ではない。
責任範囲を明確にすることである。

支援の限界を見る3つの軸


支援の継続や見直しは、大きく3つの軸で考えると整理しやすい。

1.働けるか

まず、安全性と最低限の職務遂行を見る。

本人や周囲の安全は保たれているか。
必要な配慮を行ったうえで、最低限の業務を遂行できているか。

見るべきなのは理想的な成果ではなく、
その職務を続けるための最低条件を満たしているか
である。

安全性に重大な懸念がある場合や、配慮を行っても最低限の職務遂行が難しい場合には、現在の働き方を見直す必要がある。

2.変わる余地があるか

次に、改善可能性と本人の参加を見る。

重要なのは、「いつか変わるかもしれない」という期待ではない。

何を試したのか。
どの程度続けたのか。
何が変わったのか。

という経過である。

さらに、
必要な治療を受けているか。
困ったときに相談しているか。
指摘された行動を振り返っているか。
といった本人の参加も重要になる。

支援の継続は、
期待ではなく、経過と本人の参加を見て判断する
必要がある。

3.会社として続けられるか

最後に、組織への負担と持続可能性を見る。

特定の上司が長時間対応している。
同僚が継続的に業務を肩代わりしている。
人事担当者が個人的に抱え込んでいる。

この状態が長く続けば、いずれ破綻する。

周囲に負担があるから直ちに支援をやめる、という意味ではない。
しかし、
その支援を半年後、1年後も続けられるか
は考えなければならない。

支援は、善意や献身ではなく、仕組みとして持続できることが重要である。

「できる限りやる」では判断できない


社員対応では、
「会社として、できる限りのことをやる」
という表現が使われることがある。

しかし、「できる限り」は基準として曖昧である。

だから会社は、
何を目的に支援するのか
どの支援を行うのか
どの期間で評価するのか
何を改善の指標とするのか
どの状態になったら見直すのか
を具体的に決める必要がある。

例えば、
「3か月間、指示方法を統一し、週1回面談を行い、遅刻と報告漏れの改善を見る」
という形なら、支援の効果を評価できる。

一方で、
「もう少し様子を見る」
だけでは、支援は終わらない。

支援には、目的と評価時点が必要である。

経営者が決め、専門家が整理する


ここで、前編の冒頭に戻りたい。
AIは、経営者の代わりに経営判断を行うものではない。
とそこでは語った。

精神科産業医も同じである。

最終的に会社として、
・何を守るのか
・何を最低限として求めるのか
・どこまで資源を投入するのか
・どの程度の組織負担を許容するのか
・どのリスクを引き受けるのか
を決めるのは、経営者である。

一方で、精神科産業医は、
・病気や障害が業務にどう影響しているか
・現在の就業にどのようなリスクがあるか
・どのような配慮が必要か
・改善可能性があるか
・本人に何を求められるか
・会社だけでは対応できない部分はどこか
を整理することができる。

つまり、精神科産業医の役割は、
経営判断を代行することではなく、経営者が判断できる状態をつくること
である。
文字にしてみれば当たり前ではあるが。

AI時代に、専門家は何をするのか


AIは、情報を集め、法令やガイドラインを検索し、選択肢やリスクを整理することができる。

しかし、職場のメンタル問題では、個別の文脈を読む必要がある。

本人の症状は、どこまで業務に影響しているのか。
本人と会社の認識は、どこですれ違っているのか。
医学的配慮と労務管理を、どう切り分けるのか。
その会社にとって、現実的に続けられる支援は何か。

こうした複雑な状況に意味を与え、判断材料として整理するところに、専門家の価値がある。

AIは、情報や選択肢を整理する。
専門家は、個別の文脈の中で意味づける。
そして経営者は、そのうえで何を選ぶかを決める。

正解を示すのではなく、判断できる状態をつくる


職場のメンタル問題には、誰にでも当てはまる唯一の正解はない。

だからこそ、
何が問題なのか。
会社が取り組むべきことは何か。
本人に求めることは何か。
どこまで改善が期待できるのか。
どこから先は会社だけで抱え込まなくてよいのか。
を一つずつ整理する必要がある。


精神科産業医として私が目指しているのは、
「こうすれば必ず解決する」という答えを示すことだけではない。

職場で起きている問題を医学的・組織的に整理し、
解決できることと、
会社だけでは解決できないことを見極める。
そのうえで、
その会社にとって実行可能な最善と、その限界を経営者と一緒に考える。

正解を提示するのではなく、正解のない問題について、経営者が判断できる状態をつくる。

それが、職場のメンタル問題において精神科産業医が果たせる役割だと考えている。

本連載の着想となった記事

ITmedia ビジネスオンライン
「『どれが一番いい?』とAIに聞くのは“二流経営者” 楠木建教授が暴くAI時代の『意思決定』の真実」
濱川太一氏、2026年7月27日公開

本連載は、同記事で紹介された「外部的な正解が存在しない戦略的意思決定」という議論から着想を得て、職場のメンタル問題、社員支援、企業が担う責任と限界について筆者独自の考察を展開したものです。