おおた産業メンタルラボ

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精神科産業医が解説 退職代行業に学ぶ「非弁行為」

精神科産業医として企業のメンタルヘルス問題に関わる中で、
私は常に
「医療で解決できること」
と、
「医療では踏み込めない限界」
を意識しています。

過日、大手退職代行業の経営者夫妻が逮捕されました。

この事件は、退職代行という仕組みが抱えてきた問題点、
とりわけ「非弁行為」という法的リスクを、
社会に可視化した出来事だったと考えています。

今回は、精神科医の立場から、
「非弁行為」がなぜ問題なのかを整理してみます。

「非弁行為」という地雷


結論から言いますと。
産業医の相談対応で一番やってはいけないのは、
「健康の話」をしているつもりで「法的判断」まで踏み込むことです。
これが、いわゆる非弁行為の入口になります。

現場では、どうしても親切心が先に立ちます。
相談者が不安そうにしていれば、なおさらです。
ですが、その一言が産業医自身を危うくすることもある。
今日はこの境界線についての整理です。

そもそも非弁行為とは何か


非弁行為とは何か。
教科書的に言えば、
「弁護士資格を持たない者が、
報酬の有無にかかわらず、
個別具体的な法律事務を業として行うこと」
を指します。


もう少し日常語にすると、
・会社の対応は違法か
・このケースは勝てるか
・どう主張すべきか
こうした法的評価や紛争解決の助言を、
特定の事案について示す行為ですね。

「経験上、こういうケースは多いですよ」
この程度のつもりでも、
相談内容に深く即していれば、
評価次第でアウトになってしまうこともある。
このグレーさが、非弁行為の一番やっかいなところです。

なぜ産業医が巻き込まれやすいのか


精神科産業医の面談で出てくる話題は、だいたい決まっています。
ハラスメント、休職や復職、人事異動、解雇や退職勧奨。
最初から法律の匂いがするテーマばかりです。

しかも、相談者は追い詰められています。
「先生、これって違法ですよね?」
そう聞かれると、答えたくなる。

気持ちは分かります。
私自身、若い頃は何度か舌がむずむずしました。
ですが、そこは一呼吸置くところです。

非弁行為になりやすい場面

ハラスメント相談の場合


産業医として適切なのは、事実関係を整理し、その出来事が心身にどのような影響を及ぼしているかを評価することです。
職場環境としての問題点を指摘することも、もちろん役割の一つでしょう。

ただし、
「これは明確に違法なハラスメントです」
「会社は確実にアウトですね」
ここまで言い切ると、医学的評価を越えて、法律判断になります。
この瞬間、足場は完全に法の世界です。

解雇・退職勧奨の相談の場合


解雇不安や退職勧奨によるストレス反応を評価し、
就業継続が可能かどうかを判断する。
これは産業医の正当な仕事です。

一方で、
解雇の有効性や慰謝料の可能性、
訴訟を起こすべきかどうか。

これらについて助言するのは、
善意であっても専門外。
非弁行為に該当し得ます。

産業医としての「安全な立ち位置」


では、どう振る舞うのが正解か。
ポイントはそれほど難しくありません。

産業医は、
事実を整理し、それが健康に与えている影響を評価する。
その上で、医学的・就業上の観点から意見を述べる。
これに尽きます。

たとえば、
「この環境は健康への負荷がかなり大きいですね」
「このままでは症状が悪化する可能性が高いでしょう」
「就業上の配慮がなければ回復は難しいですね」
ここまでなら、産業医の職分の範囲内です。

違法かどうかは言わない。
どう戦うかも言わない。
この線を越えないことが重要です。

専門家につなぐのも仕事のうち


職場の問題は、医学・労務・法律が複雑に絡み合っています。
産業医がすべてを抱え込むこと、解決することはできません。

法的な整理が必要だと感じたら、
「法律の専門家に相談すると整理しやすいですよ」
そう案内する。

結論を出すのは、経営者の役割。
産業医はその伴走者であり、有能なコンサルタントでありたい。

代わりに走っちゃダメ、ゼッタイ。

まとめ:境界線を知ることが、自分を守る


非弁行為は、悪意がなくても踏み込みやすい。
特に精神科産業医は、そのリスクが高い立場です。

法律判断はしない。
健康評価に集中する。
必要なら、専門家につなぐ。

この線引きを意識することで、従業員を守り、会社のリスクを下げ、そして何より自分が守られます。

「餅は餅屋」。
論語風に言えば、「己の職分を越えず」ですね。

安心して相談対応を続けるためにも、
非弁行為という地雷の位置は、きちんと把握しておきましょう。

アンドモアー


退職代行業に対して私はこれまで、
弱者救済に名を借りて社会のモラルを破壊し、
人のタフネスを損ない、困窮する人をより奈落に落とす存在、
診断書発行ビジネスを行う精神医療業者と同じ穴のムジナ、
と捉えていました。

しかしながら、
今回「非弁行為」について整理する機会をいただいたことに、
感謝の念すら感じています。

精神医療業者だって、
そんな奴らがいるからこそ、
私のようなカウンターパートが存在し得るのかもしれません。

人は鏡、万象はわが師。
全てに感謝を忘れずに精進いたしましょう。